略歴

1973年5月24日、長野県上高井郡小布施町に三田家長男として産まれる。

(正確には隣の市の須坂病院)

 

長野県立須坂高等学校水泳部卒業、

慶應義塾大学法学部政治学科卒業、卒業後は大手中学受験塾に約10年勤務。

 

2006年2月初めてのタイ旅行(1ヶ月)

2006年4月2回目のタイ旅行(1ヶ月半)

※この旅行の最中に、タイ移住を決断。

2006年10月3度目のタイにして、タイ移住完了。

2017年8月タイ人の嫁と結婚。

2017年10月イサーンの地、ブンカーンに移住。

2018年8月息子誕生。

 

なぜタイに移住したの?

 

…それまで全く触れたことがなかった『タイ』。

1回目の訪問で、見事に心を奪われてしまいました。

 

『なぜタイに移住したんですか?』

 

よく聞かれる質問なのですが、実際問題理由はなぞ(・∀・)。

いや、タイが好きだったことは間違いないです。

とはいっても、移住が頭に浮かんでから移住を決意するまでが3分

たった3分で移住を決意したもんだから、

理由なんか考えている暇はない。

『タイに移住しようかな~???』というそれまで頭になかったことが浮かんでから、

移住後のバラ色の人生を頭の中で3分楽しんだのち、

『よし!タイに移住しよう!』

 

 

はじめてのタイは、2006年2月。

当時勤めていた会社のラストワークが終わり、

有給消化期間が1ヶ月半あったので、

思い切って1ヶ月の滞在。これまた普通ではない。

初めて訪れる地に1ヶ月。

しかも、タイというのもたまたま。

本当はニュージーランドにいる友人に会いに行こうかと思っていたが、

ちょうどその時期、友人一時帰国しているということで、

なんとなく東南アジア、なんとなくのタイ・バンコクでした。

しいて理由を探すのであれば、

当時『深夜特急』にはまっていたということぐらい。

主人公がまず目指したのがタイのバンコクだったかと思われる。

 

はじめてのタイ1ヶ月旅行は、あっという間に終わってしまいます。

帰国後すぐに、1ヶ月後のタイ往復航空券を、

今度は1ヶ月半滞在で取る始末。

相当気に入ってしまったようです。

退職後なので金はないが、時間だけはおもいっきりある。

 

その2回目のタイ滞在中、タイ北部ミャンマー国境近くの山奥も山奥。

その山の頂の寺院のすみに腰掛け、

目の前に広がる圧倒的な風景を全身で感じながら、

ふと『住もう』という声があたまに浮かんでしまった。

可能性とか方法とか障害とか、

そんなもの一切考えず、次の瞬間には『住もう!』と決めていた。

 

どんな手続が必要とか超えるべき壁とか、問題とか、

そんなもの整理して考えることもせず、

まずは、、、移住してしばらくの資金作り!と考え、

帰国後4ヶ月でとりあえずの移住資金として100万円を作り、

2006年10月タイ移住完了。

その前月9月にクーデターが起きたタイでの生活がスタートしたのでした。

 

移住後の生活は?

 

まぁでも、こんな思いつきで突っ走った移住生活が順風満帆にいくはずないわけで。。。

とりあえず持ってきた100万円、

いくら物価の安いタイといえども、

なにも考えず使っていたのでは速攻消えていく。

おまけに身分は外国人。

手持ちが少ないからと安々とバイト探してなんてことはまずできない。

タイ移住を決心した地で最初数ヶ月過ごしていたのですが、

バンコクに出て、現地採用という身分で働くことを決めました。

ただ幸いな事に、日本より勤務時間というか拘束時間は遥かに短い。

ゆえに給料も激安、日本で働いていた時の3分の1ぐらい。

最低限の生活がなんとか送れる程度のものでした。

ちょっとお酒飲みに行った、ちょっと海へ遊びに行ってきたなんてことになると、

数日は1袋10円ぐらいのインスタントラーメンで

飢えを凌ぐ生活が待っていたりする。

1週間ばかりちょっと離島へ遊びに行った時は、

残りの3週間ほど、

30円程度の水を買うかどうかすら真剣に考えるような生活を送ったこともあります。

南国の炎天下の中、100円足らずの電車代を節約するために、

1時間近くかけて仕事場まで歩いたこともあります。

 

そんな生活の傍らで、

書くことは好きだったので、

インターネット上でブログを書いてみたり、

ブログ自体の仕組みにも興味がでて自分で1から作ってみたり、

当時はMixi全盛期だったと思われますが、

あちらこちらのコミュニティでコミュニケーション楽しんだり、

インターネット上での活動も活発におこなってきました。

おかげで、タイに住んでいるだけでは出会えないような、

たくさんの方と出会い、つながることができ、

わたしの人生も少しずつではありますが、

自分の望んでいる方向に動き出したと思います。

 

そうして、移住から11年が過ぎようとしていた目前、

2017年7月には現地採用という身分を卒業し、

インターネットがつながればどこでもできる仕事だけで、

なんとか生活できる見通しが立ちました。

…でないと、このいなかへの移住は、

たっぷり資産を持っていない私にはかなりのギャンブル(・∀・)

あと数年で、それすらもほったらかしでたまにチェックぐらいで済むような、

そんな状態にすべく、ただいま奮闘中です。

 

勝手に親善タイ使 ・ ありがタイ村暫定酋長

 

わたしはとてつもなく『自由』が大好きな人間です。

文字を太字にして、さらに色を付けてしまうぐらい大好きです。

 

『好きなことを、好きなときに、好きなように、好きなだけできる』

 

今でも結構手にできていると思いますが、さらにそんな自由をこのタイのいなかで追求します。

そして、そんなわたしが最高にハッピーなのは、

 

『わたしの周りの人間が、笑って楽しく日々暮らしていること』

 

…いなかでハンモックに揺られながら、

それってどんなときかな~と日々考えるわけです。

いま現在のわたしなりの答えの1つが、

 

『夢を持ち、それを叶えるために動き、そして夢が叶う』

 

少なくとも、

夢を持っていない人より、持っている人

夢を諦めている人より、夢に向かっている人

夢が叶う前より、叶ったあと

のほうが、日々楽しく過ごせている気がします。

わたし自身は、自分で十分なんとかなるので、

たいてい笑っていられます。

タイ移住を3分で決めて、4ヶ月後に移住しちゃう人間ですから(・∀・)

自分の周りの人間、家族は当然、知人・友人、ネット上でつながっている人、袖擦り合った人、

みーんな笑って日々過ごしていたら、

少なくともわたしの周りは平和で幸せな世界が築けるんじゃないかなと思うわけで。

 

そして、わたしと触れ合っちゃった人が、そこから先にさらにその世界を作れたら。。。

世界平和も夢ではない(・∀・)

 

わたしは、わたしができる人に、わたしができることを。

その人は、その人ができる人に、その人ができることを。。

わたしがあちこちで書いている『ありがタイ村』

単にわたしの住んでいるタイのいなかの地域をそう呼んでるだけではありません。

そこはリアルありがタイ村として、わたしができることをどんどんやっていこうと思っていますが。

上で書いたようなことが自然と行われる場として、

そんなことを促進できる場として、

そのためにまず、わたしができることを実践していく場として、

言葉を変えれば、プラットフォームとして

『ありがタイ村』を用意しています。ていうか、徐々に活動を開始しております。

 

…まぁ、しばらくは『ここが村です!』という立て看板があるに過ぎないと思うので、

わたしからの発信が主となる(ていうかそれだけ)と思いますが、

その先には、

 

『夢を持ち、それを叶えるために動き、そして夢が叶った』

 

という人に溢れ、

それぞれが、それぞれに可能なことを、それを求める人に与えることができる

そんなことが自然と、積極的に行われる場

…という図があります。

まぁ、まだまだぼんやりとしたラフスケッチ状態ですが、

そんな『ありがタイ村』を作るために、

暫定酋長さんたまさのりは、残りの人生捧げる所存です(・∀・)

 

『ありがタイ村』村民への道

 

現在はFacebookの非公開グループにメインの場を作って活動しております。

入村、村民であり続けるための費用は0です。住民税もなにもありません。

現在は、唯一そこでしか明らかにしていない、わたしの日々の活動報告が毎日読めます。

あなたの日々の活動を、ちょっとよいものにできる可能性があります。

 

村民になるのに費用はかかりません。住民税も何もありません。生涯無料です。

ただし、1つ条件があるので、入村希望の方は下のリンクから詳細をご確認くださいませm(_ _)m

ありがタイ村入村管理局への行き方(手続き方法)

 

あなたのタイ移住を現実に!

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